私たちの選択のこと(1)

原発のことがなかったら、多分パースに避難して来る事はなかったと思います。
家族が離ればなれて暮らすことにもならなかったと思います。

私たちの選択と経験が、これから海外への避難を考えている人の参考になればと思い、少しずつ記録して行くことにします。



今回の留学は、子供たちを安全なところに避難させたいという夫の強い希望があり、実現しました。
もちろん私も同意しましたが、英語も話せないし、果たして3人だけで暮らしていけるのか。
子供たちの学校はどうなるのか。
オーストラリアに決めたのは、南半球だったこと。
地震もほとんどなく、原発がなかったから。
最初は知人がいるシドニーに行くつもりでしたが、自然豊かなパースに惹かれ、全く知人もいない状態で、どうすれば親子3人で渡豪できるのか。
いろいろ調べていくうちに留学エージェントのkojiさんのサイトにたどり着きました。
すぐに電話をしました。
一通りお話を伺って、私たちの希望が可能なことがわかりました。
それからが、すべてのはじまり。

ひとつ大きな問題は、子供たちの気持ちでした。
もちろん喜んで行く!という心境ではなく、時折沈んだ表情を見せることもあって、夫と私の気持ちも揺れ動きました。
特に長男(中2)は野球部や生徒会なので活発に過ごしていましたし、友人との絆も深まって来た時期だったので、寂しさは大きかったと思います(今でも)。
次男(小6)も最終学年だったので、これまで仲良くなった友達と離れること、キャプテンをしていたリトルリーグの野球のこと、修学旅行に行けないこと。などなど、気持ちの整理がつくまでは反抗していました。
が、最終的には前向きにとらえて、一緒に行くことを了承してくれました。
特に次男は早く行きたいと言い出すほどでした(笑)。


夫が出来る限り早い時期で出発することを希望していたので、チケットを予約してからは、仕事の合間に必要なものを揃え、会いたい人に会い、身の回りを少しずつ整理して....当時は忙しさでどうにかなりそうでした。


つづく。
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by hiyokomame-bread | 2011-06-17 09:46 | パースからの日記

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